大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)47号 判決 1969年6月30日
主文
原判決中控訴人に関する部分を取り消す。
被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とする」との判決を求め、被控訴人ら代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。なお、被控訴人近藤尚子同近藤美砂英は当審において控訴人に対する原動機付自転車の破損による損害四九、〇二〇円の請求のうち、被控訴人近藤尚子はその三分の一にあたる一六、三四〇円、被控訴人近藤美砂英はその三分の二にあたる三二、六八〇円につきそれぞれその請求を減縮した。
当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、
控訴人において、亡近藤茂と被控訴人らとの身分関係が被控訴人ら主張のとおりであることは認めるが、損害額に関する主張はこれを争うと述べ、立証として、当審における証人山中喜四蔵の証言、控訴会社代表者伊藤太三郎本人尋問の結果を援用し、被控訴人らにおいて、控訴人が自動車損害賠償保障法(以下自賠法と略称)第三条にいう運行供用者に該当するとの点について別紙のとおり述べ、立証として当審における証人山中喜四蔵の証言を援用したほか、関係部分につき原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。
理由
被控訴人らの控訴人に対する本訴請求は、本件事故は桂田三一郎が山中喜四蔵方に自動車運転者として雇われ、右山中所有の普通貨物自動車(滋一そ二五五九号――以下本件事故車という)を運転使用中に惹起したものであるが、控訴人は、本件事故車を所有して貨物自動車による運送業を営む山中と専属的な木材の運送契約を締結し、かつ、本件事故車の車体に「大溝工業KK」なる自己の会社名を記載することを承諾してこれを自己の営業のために運行の用に供していたものであると主張して、自動車損害賠償保障法(自賠法)三条に基づき右事故によつて蒙つた損害の賠償を控訴人に求めるものである。
よつてまず、控訴人の右運行供用者としての責任の有無について考えてみるに、〔証拠略〕によると、控訴会社は木材の製材、チップ製紙原料製造を業とする者、山中喜四蔵は当時貨物自動車二台を所有して材木の運搬に従事している運送業者であり、控訴会社は昭和三九年四月から右山中に原料用木材の運搬を依頼し、舞鶴市の西垣林業の貯木場から自己の製材工場まで運搬させていたもので、本件事故当日も、右山中が控訴会社の依頼をうけて前記貯木場から控訴会社の木材を運搬すべく、自家の雇い運転手桂田三一郎に所有貨物自動車中の一台である本件事故車を運転させて舞鶴市へ赴く途中で惹き起したものであることが認められる。右の事実によると本件事故は運送業者たる山中が控訴会社との運送契約に基づき自己の営業のため事故車を運行中に生じたもので、控訴会社は山中との右運送契約上の注文主に外ならないのであつて、このような場合に控訴会社に自賠法三条による運行責任ありというがためには、控訴会社と山中との前記運送契約がある程度専属的な性質を有し、該契約に基づく山中の運送行為によつて控訴会社が自己の所有車によつて運送を行うのと同様の目的を果たしていたなど、本件事故車の運行について控訴会社が何らかの意味において支配力を及ぼすかまたはその運行による直接の経済的利益を享受する関係になければならないものと解せられるところ、〔証拠略〕を総合すれば、山中と控訴会社との本件運送契約はいわゆる専属契約ではなく、控訴会社はその木材運搬について山中以外にも他に六、七社の取引先があり、各取引先の都合に応じてその都度運送の依頼をしていたものであつて、山中との契約における運賃額の決定およびその支払方法等に関して他社との間に何らの差別はなく、もとより山中の購入した貨物自動車の買入れ代金、ガソリン代、修理費等を控訴会社において負担したごとき事実はないこと、控訴会社の運賃支払総額における山中関係分との比率は、昭和三九年一二月分についていえば総額は二一三万七、四九七円で山中関係分は五四万九、三〇〇円、昭和四〇年一月分についていえば総額は五九万六、九一〇円、山中関係分は一二万四、三四〇円であること、一方山中は控訴会社のほか、湖国木材市場株式会社、三栄木工株式会社ほか数社とも取引関係があり、控訴会社との契約高は全体のおよそ四割程度であつて特に控訴会社との契約を優先的に扱つていたような事実もないこと、山中はその所有する貨物自動車を中江源一郎なる者の経営するガソリンスタンドに置いており、夜間遅くなつて積荷を卸せないとき、荷物を積んだまま控訴会社の土場に置いたことが二、三回あつたが、もとより控訴会社において山中の貨物自動車を常時保管したり、保管場所を提供していたごとき事実のなかつたことが認められる。そうすると控訴会社としては右山中と右の程度の継続的契約関係があつたからといつて、山中の自動車使用について格別の支配力を及ぼしたものとはいえず、かつ、その使用による経済的利益は運送賃の請求権者たる山中喜四蔵に帰属するのであつて、控訴会社としては何等運行利益を享受するものではないので、控訴人をもつて自賠法三条にいわゆる自己のため自動車を運行の用に供したものにあたるとして、同人に対し前記法条に基づく損害賠償責任を負わせることはできないと解するが相当である。
もつとも、本件事故当時山中所有の貨物自動車二台中の一台である本件事故車の車体に控訴会社の社名である「大溝工業KK」の記載がなされていたことは当事者間に争いがなく、かかる事実の存在は、少くとも本件事故車は控訴会社との契約による木材の運送に専用されていたのではないかとの疑問を生ぜしめるところであるが、前記山中喜四蔵の証言供述と控訴会社代表者本人尋問の結果によると、西垣林業の木材積込現場において積込等をする際、車体に右の表示があると、大溝工業の車であるということで現場係員が何かと便宜をはかつてくれるということで特に山中から控訴会社に頼んで前記表示を許容されたものであつて、山中は控訴会社から依頼された木材の運送につき本件事故車とともに他の一台をも使用するとともに、他社の依頼による運送についても本件事故車を使用していたことが認められるので、かかる事実関係のもとにおいては、本件事故車にたまたま右の控訴会社名の表示がなされていたという外形的事実は、これのみをもつては直ちに上叙認定を覆えし、控訴会社の運行者としての責任を肯定する事由となすには足りない。してみれば、控訴人に対し本件事故による損害の賠償を求める被控訴人らの本訴請求は、すでにこの点において失当たるを免がれないから、爾余の判断をまつまでもなく棄却すべきであつて、原判決は取り消しを免がれない。
よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条に従い主文のとおり判決する。
(裁判官 小石寿夫 宮崎福二 舘忠彦)
被控訴人の陳述
(一) 控訴人と事故車の所有者である山中との間には、昭和三八年以来舞鶴市の貯木場から控訴人の製材工場まで、山中に木材の運搬をさせる契約が継続して結ばれており、しかも山中は昭和三二年頃から約二年間、控訴人会社の運転手として勤務していた関係もあつたので、控訴人会社の専属運送業者として、主として控訴人のために木材運搬の業務を行つていた。
(二) 控訴人は、山中に対し、本件事故車に控訴人の社名を記載することを許容し、対世的には、本件事故車が控訴人会社の車両であるとの印象を与えるような外観を呈していた。控訴人は山中以外の他の運送業者約二〇名にも木材の運搬を委頼していたが、車体に控訴人の社名を記載することを許諾していたのは山中だけであつた。
(三) 山中が控訴人のために行つた仕事の量は、二〇名位の運送業者の中でも一、二位を争うものであり、また山中にとつても、昭和三九年四月から同年一二月までの間控訴人から受取つた運賃収入は月平均約三〇万円で、その収益の大部分を占めていた。(丙第三号証中、「運賃勘定総括明細書」)
(四) 本件事故車は、控訴人会社の工場で保管されることが多かつた。
以上の諸事実から考えると、控訴人と山中とは雇傭関係に近い極めて密接な関係にあつたものであり、控訴人は本件事故車の運行につき、事実上の支配権を有し、かつ、その運行によつて自家用車同様の経済的利益を享受していたもので、控訴人は、自賠法第三条にいう運行供用者に含まれるといいうるものである。